雑談等から炙(あぶ)り出される現実

まずは、石蜜の説明をして呉れたショウさんの話を、書きたいと思います。        彼は、桂林ショールームの女性社長と同じ華北地方の出身で、社長と仲が良く、観光ガイドの仕事以外でも良く遊びに来ていました。                        当時彼の年齢は30~35歳で、身長は160cm程度で、体形は多少小太りでした。     昔、万歳コンビ『おぼん・こぼん」  と言う漫才コンビがいましたが、若いころ(1970~80年代)の『こぼん』に非常に似た顔立ちでした。                      私がショウさんに会った当時は独身でしたが、今は結婚しています。

私もショウさんの話が非常に面白いものですから良く雑談していましたが、ある時彼は自分の身の上話として、上半身裸になり、刃物で刺された生々しい腹の傷跡を、私に見せて呉れました。                                         彼は若い頃、華北地方の一都市(都市名は忘れました)で、恐喝(金銭を脅し取る)や窃盗(盗み)を、頻繁に仲間と共にやっていた不良だったそうです。

また彼は一時、料理店で料理人として働いていた頃、調理場で同じ職場の料理人から突然包丁で刺され病院に運ばれたものの、生死を彷徨う状態が1週間以上続いたそうです。     喧嘩の理由については、特に説明しては呉れませんでしたが、刺した相手は、彼に対して日頃から不満が鬱積していたのが、あることがきっかけで突然暴発したものでしょう。              ただその傷が、彼の人生を大きく変えた様です。

彼は病院に入院して体の回復を待つ中で、自分の人生はこれではいけないと反省し、退院した後は学校に行き、その後観光ガイドの資格(観光ガイドの受験資格は、短大卒以上)を取ったそうです。また日本語も上手な為、日本語学校や外語学院に行き勉強した様です。

さてここまでは、ああそうですかと言う程度ですが、以下中国の司法制度の一端を垣間(かいま)見れる興味深い話でした。

彼が桂林に行き観光ガイドとして働き始めた頃、華北の不良仲間の間では、今までに蓄えて来た資金の配分を巡り争い事が起こり、その内の1人がお金を全て持ち逃げしたそうです。  そこで仲間の内の3人が、持ち逃げした1人をあちこち追いかけた挙句、やっと上海まで来て捕まえたそうです。                                  その3人は、躊躇することなく持ち逃げした仲間を殺し、上海の埠頭(ふとう)から死体を投げ捨てたそうです。                                   ここ迄聞くと、日本のテレビドラマの刑事事件番組を彷彿とさせますが、人目に付く埠頭に死体が浮いていたことから、3人の犯行がすぐに分かり、3人とも程なくして捕まった様です。

彼は、既に不良仲間とは長らく縁を切っていたものの、不良仲間の家族、友人等を通じて、 3人の死刑を免れる為、裁判所への上納金にする寄付を頼まれたとのことでした。     彼によると、上納金なしでは間違いなく、死刑判決が出ていたと言っています。                  *因みに、驚くことに2008年だけの死刑執行数は、少なく見積もっても1718人以上(国としての発表は無い)、当時の囚人数は80万人以上と言う数字が、ネットに記されていました。

また彼の話では、嘆願書に加え上納金の額により裁判所が判断し、死刑からの減刑が為される様で、結局何年刑務所で服役することになったのか聞き忘れましたが、10万元(為替の変動で絶えず変化するが、日本円にして150~170万円前後)近く上納したためか、大分刑が軽くなったとのことでした。                                                                               判決を下すのは飽く迄裁判官の為、恐らく上納金の大半は、裁判所と言うよりは、その事件を扱う担当裁判官の懐に、入ったものと思われます。

この3人の服役者の中の1人が、特に幼いころからショウさんと仲良しだったとのことで、彼は『犯罪に無関係な人間の就職ですら儘(まま)ならないのに、まして人を殺した人間が出所後生きていくことは容易な事ではない。また今後、彼が再犯者にならない為にも、私が彼の面倒を見るしかない。』と言い、将来旅行ガイドを辞めて彼なりの起業を、考えている様でした。

ショウさんは当初、もうすぐ3人が出所すると言っていましたが、運が悪いことに、中国で初めて開催される世界万博、即ち2010年に『上海万博の開催』が決まったことから、開催中は犯罪が増えない様、国家の方針で、自動的に3人共刑期が更に2年延びたと言うことでした。 本来であれば、上海万博開催の年に出所することになっていたそうです。

序(つい)でに、成都の職場の仲間がネットで読んだと言う、アンダーグラウンドな話を思い出しましたので、ここに書きたいと思います。                      真偽の程は、定かではありませんが、・・・・・。

中国先端技術の拠点都市となっている深圳市(しんせんし)の郊外には、女性だけの刑務所があるそうです。                                    ここでは所長が、女性刑務所の噂を聞きつけて来た中国の男達を相手に、若い女性の受刑者に刑務所内での売春を強要し、その売上の大半を所長の収入としていたというから、驚きです。

既に年数も経っている為、今は当時の所長はいないかも知れませんが、本来罪人に罪を償わせるための刑務所で、一番権力を持つ所長が人権を無視し、違法な売春を強要して来たとすると、何をか言わんや、と言う気持です。

私が過(か)って、日本から空輸した『たこ焼き機』を桂林の税関で受取るに当たっても、ごく当然の様に賄賂を要求された様に、役人が自己を利する方法は千差万別であっても、自分の手の中あるものは何でも意のままに、躊躇なく利用すると言う考え方は、役人全てに共通する考え方なのかも知れません。

更に、成都で一緒に働いたリョウさんから聞いた別の話を、要約して書きます。      日本でも特に昭和や大正の一時代前は、炭鉱の鉱区を有するものが、エネルギー革命の旗幟(きし)として、財を蓄えました。                                                                                     例えば麻生副総理の一族を頭とする麻生グループも、明治~大正~昭和30から40年代、 炭鉱経営により大きく財を成しましたが、石油や原子力にエネルギーの座を奪われている今日でも、グループは石炭で長年蓄えた財力を基に、セメント、病院・スーパー経営、建材の製造販売等に経営の軸を移し、福岡県を中心に地方経済の核としてのビジネスを展開しています。

なお日本では2000年を前にして、海外からの安価な石炭輸入や石油輸入により、1986年高島炭鉱、1997年三井三池炭鉱と言う様に、閉山が相次ぎました。              しかし中国の場合は、主要エネルギー源としての石油は大半を輸入に頼っているものの、冬季の家庭の燃料や火力発電所用として石炭は、まだまだ国内での需要が非常に旺盛です。

リョウさんの友人の父親も、華北地方に幾つか炭鉱の鉱区を有しており、石炭の生産と販売で毎年かなりの利益をあげて来たそうです。                       これに目を付けた人物がいて、鉱区の所有権の剥奪を画策し、役人を巻き込んで友人の父親を犯罪者に仕立て上げ、刑務所に入れたそうです。                    この父親が刑務所に入っている間に、書類の改ざん等により鉱区の所有権の移転手続きを済ませ、本人が出所した時には、全く他人に所有権移転の手続が完了していたと言うから、ひどい話です。                                      当然の事ながら悪事に関わった複数の役人は、鉱区の新所有者として名前を連ねたり、炭鉱の利益配分に与(あずか)ったのは、間違いありません。

この様な話を聞くにつけ、中国での正義とは力(国家権力)であり、一般人に対する許認可やお目こぼしは、お金の額である。と言うのは、言い過ぎでしょうか ?

なお、類似の内容として既に『桂林便り-今日は犯罪の事』を書いていますので、こちらも合せてご覧頂ければ、幸いです。

本日は、私がネットで見たり、こちらで人から聞いたことの中から、犯罪に絞り、書きたいと思います。 08年に中国で死刑が執行された人は、少なくとも1718人で世界最多、また刑務所に入っている囚人の数は、80万人とのデータをネットで見ました。 中国の裁判は、日本と異なり3審制でなく2審制を採用...

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