モンスーンがもたらす躊躇(ためら)い (2)   

古今東西における大戦争は、分析すると個別の勝因/敗因はあるものの、特に地理的に南と北との戦争においては、大半が北が勝利していることに気が付きました。

私が直ぐに思いつくのは、共和制ローマとカルタゴのポエニ戦争、中国の三国志時代の魏の勝利、アメリカの南北戦争, ナポレオンの露仏戦争、ヒットラーの独ソ戦、ベトナム戦争、等は、何れも北が南を制した事例です。

一方で南が北を制した事例は、ノルマン・コンクェスト(ノルマンディ公ウイリアムが現在のフランスの地から海峡を渡りイングランドに侵攻し、ノルマン王朝を創った),日露戦争位しか思いつきませんし、多くの北が南を制した戦争よりは、はるかに戦争の規模が小さいものです。  またノルマン軍がヴァイキングの子孫であることを考えると、純粋に南が北を破ったとは言えないのかも知れません。

中国はその歴史において、国の南側がヒマラヤ山脈等高山が連なると言う地理的な要因から、南からの侵略を殆ど受けませんでした。しかし南に比べ高山が少ない北側は、度重なる侵略を受け、歴代の皇帝は万里の長城を造り 防備の要としましたが、結局のところ、その効果は限定的でした。

こういう地政学的(「地理的条件」が国家に与える ”政治” ”経済” ”軍事”の影響だけでなく、歴史や文明、宗教や哲学なども密接に連動)な見地からすると、中国にとっての真の脅威は、アメリカではなくロシアだと私は見ています。

ただ自由世界を標榜し世界一の経済大国であるアメリカは、衰えたりと雖も、未だ世界の警察との自負もあり、アジアもその範疇に入れて動き回るものですから、中国にとって自分の庭(東南アジア、南アジア)での庭造りを思う存分やりたいのに邪魔され、眼の上のタンコブに思える事でしょう。

中国とロシアの関係は、前述のように中国は、北にあるロシアを潜在的脅威と見ている。  インドと中国の関係を見ると、インドは北にある中国を潜在的脅威と見ている。      このため、インドは旧ソ連・ロシアとの軍事的な結びつきを強め、中国をけん制している。 その様な軍事的な構図が見てとれます。

次に現代中国における東南アジアや南アジアでの経済的影響力は、以下の表を見ると一目瞭然です。

中国は、上記アジア7ヶ国において、各国からの輸出先の1位として3ヶ国が、輸入先の1位として7ヶ国全てとなっておりますが、既に輸出に於いても2017年は、更に増えているものと予想されます。                                   これは、中国との地理的な近さ陸上輸送が出来る利便性政治的・経済的な力を有する華僑の存在等の要因も大きいと思われます。

また各国の輸出先として、3ヶ国がアメリカが1位となっている点も目につきます。     日本は、インドネシアの輸出先として1位となっていますが、これも3位の中国との差が2%なので、最新データーでは、中国が1位になっているものと思われます。

インドと日本の貿易を見ると、今は中国と比べ非常に低い数字で、実際は5位以下の何位か分からない程、存在感が薄い状況です。

しかしインドが経済成長の離陸段階に入りつつある

(即ちバラモン(司祭)を頂点とするインドのカースト制度の中で、国民の40~50%を占めるシュードラと言った下位カーストの中から、従来の仕事の範疇に無かったIT関連の仕事に就き、会社の経営者となる人々が続出している。これらの人々が今や上位カースト出身者を雇用する時代となり、カースト制度そのものの根幹が揺るぎつつある。) と言う事実は、今後カースト制度の崩壊が国民所得の平準化や購買力の拡大をもたらし、中国に続く第3番目の巨大市場に成長するのは、そんなに遠い時期ではないと思われます。

さて『モンスーンがもたらす躊躇(ためら)い』とタイトルを付けていますので、本題のモンスーンの話として、東南アジアから書きたいと思います。

例えばチベット高地の源流から東シナ海に注ぐメコン川(全長約4800Km)ですが、モンスーンによってもたらされる雨は、昔から流域各国に大きな恵みを与えて来ました。                 この川は 中国、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムなどの国を流れています。

ウィッキペディアには『メコン川はカンボジア・プノンペンの南でトンレサップと合流し、本流とバサック川の2つの流れに分かれてベトナムへと流れる。メコン本流とバサック川は更に分岐と合流を繰り返し、農業生産、特にコメの生産に欠かせない非常に肥沃なデルタを形成する。』と書かれています。

そこで 幾つか資料を探し概要を纏めてみると、メコン川流域(流域;河川に流れ込む雨水が降り集まる地域をいう)面積は変動幅が大きく200~300万㎢で、その内上流の中国と一部ミャンマーは80万㎢の流域面積に対して、下流にあるラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの流域面積は、120~220万㎢と書かれています。(ちなみに日本の面積は37.8万㎢)これらの国の中でも、特にカンボジアやラオスでは、流域面積の国土に占める割合が85%と非常に大きな数字となっています。

                           またメコン川流域国は南西モンスーンの影響から、下流域の国々では5月から10月にかけ雨季となり、11月から5月にかけては北東モンスーンの影響で、乾季となります。

一方でメコン川の上流に位置する中国では、上海地区、深圳(シンセン)地区の工業団地を始めとする旺盛な電力需要を賄うため開発に力を入れ、次々に大型ダムを建設しています。

上記は、ウィッキ―ペディアの表をコピーしたものですが、更に12ヶ所以上でダム建設が計画されているとのことです。                              この中で、上から2番目の小弯ダム、5番目の糯扎渡ダムは、規模の大きさから世界最大の三峡ダム(70万kW発電機32台を設置し2,250万kWの発電が可能)に次ぐ発電能力があります。

もっと分り易く書き加えますと、電源開発が事業者で東電,東北電力に送電している日本最大の一般水力発電所奥只見発電所(設備能力56万KW)と比較し、小弯ダムの規模は7.5倍、糯扎渡ダムの規模は10.5倍の発電能力を持っています。                                           建設中のダムや発電量が低いダムは除外し、上記の僅か8ダムの設備容量合計だけでも、大,小合わせた日本の水力発電総設備の3.2倍にもなります。

さらにネットで幾つかの記事を調べ、大筋纏めると以下2つの『』書き通りです。

これらのダムの建設によって、下流側に位置する国々では魚の漁獲量が減少し、タイの穀倉地帯では水不足が深刻化している。                          さらにベトナムでも水量の急激な減少に伴い、海水が河川流域へ逆流する現象が起こり、このため淡水養殖場の魚が大量死し、水不足によって農作物も生産量を落としている。     逆に雨期と乾季という自然のサイクルを無視した、中国の御都合主義とも言えるダムからの放水で、環境破壊も見逃せない事態となっている

このように、国際河川の上流域に位置する中国が、自国だけの経済計画に基づきダム等の建設を行い、思いのままに水を使う様になると、自然環境の破壊を招き、下流域に位置する国にさまざまな打撃を与え、それがひいては地域の紛争へとつながる訳です。

1995年、メコン川の有効活用と環境保全を目的に、国際組織「メコン川委員会(MRC)」がタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアの4ヶ国によって結成された。          しかし肝心の中国は孤立を恐れたためか、(軍政を敷き国際的に孤立し中国に依存度が大きかった)ミャンマーも引き入れて、正式にMRCのメンバーにならず、拘束力がないオブザーバーでの参加に留めた。                                  中国はMRCに対して、各国への説明や同意を求めることなく、上流域の雲南省で次から次へとダム建設を強行した。

下流の国々は、中国に対して毎年のように非難決議を出し、また国連の環境プログラム(UNEP)もメコン川の環境悪化に警鐘を鳴らし続けているものの、中国は聞く耳を持たない。

また中国以外の国でも、利害関係が輻輳し、問題解決を益々困難にしている。この点も中国にとっては、流域各国の結束を弱めると言う点で、歓迎すべきことだと思われます。https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM0501O_V00C14A4FF8000/

更に最新の情報として、次の様な記事も見られます。http://suigenren.jp/news/2018/04/07/10420/

注)パークセは、メコン川沿いのラオス第2の都市

この事実は、既に東南アジア各国の生命線たる水の動脈は、既に中国に握られてしまっていると言っても過言ではないでしょう。 

上のグラフからも明らかな様に、特に乾季の1月~5月中旬にかけて、中国がダムを使い水の蛇口を止めると、下流域の国は何も手を打つことが出来ません。             即ちメコン川下流の流域面積を120~220万㎢と書きましたが、下流にあるラオス、タイ、カンボジア、ベトナムへの経済的損害は、非常に甚大なものになります。 

ですから、国連の票決の場でも、またアメリカとの確執が精鋭化した事態が生じた場合でも、東南アジア各国は、中国から絶えず喉元にナイフを突きつけられている状態であるため、  中国の顔色を窺(うかが)いながら、判断・行動せざるを得ない現状にあると思われます。

皆さんは、最初私が書いたタイトル『モンスーンがもたらす躊躇(ためら)い』の意味が、少し分って頂けたと思いますが、ここで私が一番書きたかったことは、次のインドと中国の争いのことなのです。                                    この事については、『モンスーンがもたらす躊躇(ためら)い(3)』で書きたいと思います。

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