日本へのお金の持出し (1)

タイトルは「日本へのお金の持出し(1)」としましたが、少し思い出したことがあり、暫くは横道に逸れた話を書きたいと思います。

私が日本人Bさんのサポートもあり、中国桂林での生活になんとか慣れ始めた頃、Bさんから毎日ゴルフばかりしていて、また冬には1~2ヶ月程タイにゴルフをしに行く日本人Kさんの話を聞いたことがありました。

私はKさんとの接点も無く、桂林生活の1年程は Kさんと接触することはありませんでした。
ところがその後、同じ日本人どおしの集まりの中でKさんと話す機会があり、Kさんから自分の家に遊びに来ないかとの誘いがあり、夏の頃でしたが、彼の家に遊びに行きました。    私は、当時61歳でしたが、Kさんは65歳前後だったと思います。

桂林中心街の東側にある三里店方面から、西側にある中心街の入り口には、北北東から南南東に流れる漓江という大きな川があり、そこには解放橋という大きな橋が架かっています。Kさんのマンションは、橋を渡る手前の川に沿って北側に向かい5分程度歩いた所にありました。彼のマンションは低層マンションのため、エレベータも無いマンションで、3階建ての最上階にありました。(聞いた話ですが、中国では5階建て以下のマンションは、エレベーター設置が義務付けられていない様です。)

ただ各階とも玄関は2つだけなので、全部でも6所帯しか住めない非常に贅沢な造りでした。 案の定、共同使用の階段部分やマンションの外壁は薄汚れており、見た目にはとても高級マンションとは思えない造りでした。                           しかし玄関から彼のマンションの中に入ると、異次元の雰囲気に私自身、非常に驚きました。日本のマンションとは異なり、このマンションは天井も非常に高く、空間の広さを改めて感じさせました。

目の前の大きな部屋は、大理石と思われる石板が敷き詰められた床に加え、部屋の4隅には古代ギリシア時代の神殿と見間違える程の白い大理石の様な石柱が聳え立ち、また白い天井にはわざわざ円形の枠が施され、幾つかの背に羽が付いたキューピットと薄い生地だけを纏(まと)った古代ギリシア時代の若い1人の女性の絵が、描かれていました。

写真が無いため説明がしにくいのですが、全体の色彩も薄く淡い感じで上品に、また全体が空中に舞っている様に描かれ、描かれた女性が裸体に近いとは言え、全く厭らしさを感じる様な作品ではありませんでした。

私はその時、彼から天井画について説明を受けましたがすべて忘れてしまい、ただ単に非常に綺麗に描かれた女性の天井画を見た記憶しか残りませんでした。             今でも、中国にこの様に古代ギリシア時代の特徴を以って作品に仕上げる中国人がいるのか、不思議な感じがしています。

ひょっとしたら、Kさんが古代ギリシア時代に造られた天井画か、後にルネサンス期に誰か著名な画家が、古代ギリシア時代を頭に浮かべ似せて作った作品をベースに、中国人に描かせたものかも知れません。

また彼の購入したマンションは、建物の屋上にあることもあり、ベランダが広く取られており、50㎡以上はあつたと思われます。ベランダの川寄りの端には3~4人が入れる程の露天風呂もありましたが、日本人仲間を呼んでは風呂に入りながら、ビールや酒を飲みつつ市街地の夜景を楽しんでいた様です。

また部屋と部屋を区切る廊下は、幅30cm程の(カンボジア産?)の重厚な濃いアズキ色に纏められた無垢の花梨材が、ふんだんに使われておりました。写真が無く、申し訳ありません。

(上の写真の花梨材は、ネットから選択したものですが、写真は、幅が10cm前後で狭い上、色が不ぞろいの花梨材を集めて床に使用したもので、Kさんの家の重厚な感じの素材にはとても及びません。)

素人の私から見ても、高価な板に違いないと思いました。                                              築何年のマンションだったのか聞きませんでしたが、その時(2010年当時)の彼の話では、『お金をどんなに沢山出したとしても、今この幅の花梨材の床板を揃えるのはかなり難しいだろう。内装工事を行ったのが昔だったから、こんなに良い材料を調達できた。』とのことでした。

彼の家で食事をしたりビールを飲んだりして過ごしましたが、次第に薄暗くなり、漓江の対岸の繁華街のネオンや明かりが輝き始め、川に映るネオンも非常に綺麗でした。桂林は、観光地でもあり、夏の夜には対岸や市街地から花火が打ち上げられ、夜空が明るく照らし出されることもあるそうです。

彼は中国人の友人の紹介で、新築したばかりのこのマンションを、スケルトン渡しで購入したそうです。                                     コンクリートが剥き出しの状態でのスケルトン渡しですから、内装工事やキッチンの付属設備等全て彼の希望するものを全て自前で揃えないといけなかった訳です。

内装工事業者は、中国人の友人からの紹介を受け手配した様でしたが、工事施行に当たっては、非常に苦労した様です。古代ギリシア風に内装工事がされていることもあり、彼自身の厳しい要求もあったのでしょう。                            工事の手直しも頻発したとのことでしたが、最大のトラブルは別のところにあった様です。

彼は日常会話に不便を感じない程度の中国語を話せましたが、職人が工事現場に突然来なくなったり、数人の職人が略完成した内装工事個所を、突然ツルハシを持って壊しに来たりしたため、慌てて止めに入ったり、完成途上のマンションに布団を持込み寝泊まりすることで、室内が壊されるのを必死に防いだとの話でした。                      ただ彼自身60歳半ばであっても毎日ゴルフ三昧の生活の為、喧嘩しても容易(たやす)く負ける様な体格ではありません。

なぜその様な事態となったのか、当初理由が分からず大変だったようです。

中国人の友人を通じ急ぎ話を聞くと、彼が請け負った業者へ工事の前金や何回かに分けて支払って来た工賃が、各職人に途中から全く支払われていないばかりか、請負業者は職人たちを前に、『日本人のKが、各段階で支払うべき工賃を支払っていないため、私は皆に工賃を支払えない。』と嘘を言ったことから、職人達が怒って完成途上の内装工事個所を壊しに来た、と言うことが分かったそうです。

結局工事業者を紹介してくれた人を通じで問題解決を図ったものの、追加の費用請求に加え、大幅な工事遅延になったとの話でした。

内装工事中に、ソファーやベッド、キッチンセットなど買いたい備品を手配していた様ですが、私が訪問時に特に気になったものは、大きくて立派なソファーでした。        彼も手作りのものを注文後に気づいたとのことですが、1階の入り口から自宅の玄関までの間の通路や階段の幅が狭すぎて、大きなソファーが入れられなかったそうです。

そのためマンションのベランダ側に大きな滑車を置き、竹の足場(今は少し変わって来ているかも知れませんが、鉄のポールを使い組み立てた日本の足場とは異なり、当時はしなりを生じ安定感に欠ける大きな竹を紐や針金で縛った足場が、普通に使われていた。)を組むなど大変な思いをしてソファーを搬入したため、一大イベントとなり近隣の人の注目を集めたそうです。 ただ幸運なことに、職人とのトラブルで工期が遅れたことが幸いし、職人たちの力を借りて搬入することが出来たそうです。

入居するマンション工事で苦労したそんな彼も、何か事情があったのでしょう。日本に帰国するためこのマンションを売却しょうと、2012年頃から動き始めた様でした。      その頃は、私も生活のベースを桂林から成都へ移していましたので、Kさんとの雑談は、主としてスカイプを使って行っていました。

マンション売却に当って、購入希望者とのトラブルは、

①一度お互いの売買価格を決めたにも関わらず、建物引渡しの為に登記手続きをする段階になっても現金を支払わず、更なる値引きを要求する事例。

②建物の移転登記を先に行った後に初めて、客がお金を支払うと主張する事例。(登記手続に不慣れだろうから、書類を貰えば購入者が代わりにやってやると主張)

➂購入出来る資金は無いのに、思わせぶりに堂々と購入者を装う事例。(単なる野次馬とも言うべき連中で、室内の見学やマンションからの漓江の景色を見るのが主たる目的。)

など色々あった様です。

結局約1年後、売手が日本人で売却を急いでいることに付け込まれたのでしょうが、買手との直接交渉で家具や冷蔵庫など全てを含め売却(中国では普通の事)し、マンションの売却価格もKさんの希望価格より、大幅に値下げして決めた様でした。

ただ彼がマンションを購入し住み始めて時間も経っており、また昨今の中国での不動産価格の高騰もあり、Kさんは恐らく買値の2倍以上で売却出来たのではないかと推測いたします。やっとのことでマンションを売却し、多額の中国元を手に入れたKさんでしたが、中国元を日本円に交換する方法や日本へのお金持ち帰り方法について、いろいろ相談を受けました。

しかし私自身が相談を受けても、具体的にやったこともなく、この方法が一番というアイデアも持っていませんでした。                              他方私自身も、中国で稼いで得た元を中国銀行に多少ながら預金していることもあり、他人事ではなく何れ私自身が日本に帰国する際に直面する問題でもあるため、一般的な送金や為替に関する情報交換と日本への具体的な出金方法について、一緒に色々考えました。(この辺の内容は、(2)でお話ししたいと思います。)

私は、Kさんがマンションを売却して得たお金が日本円でどれ位か不明ですが、恐らく1000万円~2000万円の間かと、予想されます。(この程度の金額だと日本では良いマンションを購入することは出来ませんが、桂林の物価からすると地元の人には、日本円だと1~2億円程度の価値感覚だと思われます。)

この金額を預金している中国の銀行で円に替え、その後日本の自分の口座に円送金することは無理です。また日本の都市銀行で、わざわざ『外国為替管理法』に基づき自分自身が元預金口座を作ったとしても、ここに中国の銀行口座から元で、そのまま日本へ送金することも不可能です。                                       なぜなら日本から中国の銀行への送金は自由に出来ても、中国からの資金流出はさせないのが中国政府の基本的な考え方なので、いろんな規制を設けており非常に難しくなっております。

特に外国人の場合、中国の銀行での預金の預け入れや引き出し時には、パスポートの提出を義務付けられると同時に、入出金の情報が逐次コンピューターで管理されています。     ただし中国国内での銀行口座からの入出金と円から元への両替(逆に元から円への両替は困難)は、何も問題なく出来ます。

最終的にKさんが採った方法は、中国人の友人から聞いた方法で、違法な地下銀行の活用でした。その方法は、日本と中国で同じ時間に、次の様なことを行います。

(中国側⇒元渡し)

① Kさんが地下銀行の人と会い、円と元との交換レートを決める。(交換レートは、地下銀行側が独自に設定するもので、その交換レートには人件費、危険負担分等が加味されていると思われます。)                                                                                                            またその時に、人目に付かない桂林で会う場所と交換の日時を決める。同様に日本に居るKさんの奥さんが、時差を加味した上での同時刻に地下銀行員の人と会う場所を決める。(地下銀行側が了承すれば、2つの交換場所をKさんのマンションや、日本のKさんの自宅した可能性もあります。当然の事ですが、地下銀行側がKさんの指定する場所が危険と判断すれば、両者が合意出来る別の場所を見つける必要があります。)

②Kさんは合意した交換レートを基に、銀行から円に交換したい分の多額の元を引き出す。

➂Kさんが、多額の元を指定場所に持参する。移動途中での現金強奪を防ぐため、Kさんは仲間を伴い、地下銀行員と会う。

※私自身、桂林に出向き➂で立ち会う様に頼まれましたが、自分の仕事があることに加え、 成都の離れた土地にいることから断りました。

④桂林のKさんは、携帯で国際電話を掛け、奥さんと連絡を取る。

⑤奥さんからの国際電話で、受領予定の金額の円を受領した旨聞いた後、持参した元を地下銀行員へ渡す。

⑥地下銀行員は、金額を確認し取引を終える。

(日本側⇒円受領)

①Kさんの指示に従い、Kさんの奥さんは、指定場所、指定時間に出向き、地下銀行員と会う。

(多額の現金受取りなので、奥さんも同伴者を引率していた可能性大。また地下銀行員にKさんの自宅まで来て貰い、奥さんが対応した可能性もあるが、詳細は分らず。)

②日本の地下銀行員は、合意した交換レートを基に計算した多額の円を現金で指定場所に持参。

➂奥さんは、国際電話でKさんと連絡を取りつつ、最初に地下銀行員から多額の現金を受取り

金額を確認する。

④金額を確認後、速やかにKさんへ予定金額分の円を受取った旨、連絡する。

上記の手順でKさんは取引を終えたようですが、何かギャング映画の一場面を演じている様で、危険極まりないこんな方法しか見いだせなかったのです。              皆さんも如何に自分が、中国で投資した資金を日本に引き揚げることが大変なのかを、知って頂ければ幸いです。

以上は国と国を跨ぐ両替の話ですが、桂林でもホテルの一室に見知らぬ中国人から呼び出され、両替商が刺され亡くなる事件も発生しています。                  円やドルを元に交換するとか、またその逆を行うことは、銀行へ出向く手間や時間を省けると言うメリットや有利な為替レート(銀行が設定する手数料を含めたレートより利幅が大きい)での交換が可能なことから、桂林では主として観光ガイド相手に、ごく普通に取引が行われています。                                       死亡した両替商は、刺殺した相手とはホテルで2度目の取引だった様で、1度目にお金を強奪できる相手かどうか体格や言動を確認した上、2度目に大きな金額を持参させ実行に移したようです。                                      一般的に両替商には、一部借入もあるのかも知れませんが、比較的資金を豊富に持つ人々が業としている様です。ですから両替商には金があるとの判断で、強盗などに狙われるケースは多い様です。

補記)桂林には漓江と言う大きな川がありますが、日本語における『川』と『河』の使い方が分からず調べました。                                  取敢えず『漓江』の固有名詞は別として、私はここでは全て『川』に統一しました。              日本より中国の方がはるかに厳密に定義されていますが、これは国の大きさに比例する様に、川の大きさが余りに違い過ぎることから、明確に文書を読んでも分かる事が出来るようにしたものと思われます。

ヤフー知恵袋には、次の様に書かれていました。河と川の使い分けについてですが、まず「川」を「河」と表記するのは中国だけのようです。しかも同じ中国でも北部は「河」(例:黄河)で、南部は「江」(例:長江)と言うように変わるようです。
また、川の大きさにもよるところもあり、「江」は「川」のおよそ100倍の流域面積で、「河」は「川」のおよそ50倍の規模で使い分けされるようです。

中国では「川」は溝を意味し、「河」は「デコボコ」とか「曲がりくねった」と言う意味があるそうですので、「河川」を直訳すると「曲がりくねった溝」と言うことになります。中国の大河に比べたら日本の「川」は溝のようなものに見えるかもしれませんね。

日本における外国の川の表記は、日本に入って来たときにほとんど「川」で表記されていますが、中国の川はもともと漢字で表記されているために、「河」「江」をそのまま使っていると思われます。
さらに「川」のルーツは両岸の間を水が流れる様子を描いた象形文字で、「河」は水を意味する”さんずい”と”曲がる”という意味の「可」を組み合わせたもので、曲がりくねって流れているという意味になります。

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