理不尽な所作

桂林,成都を中心に、私が見たり聞いたり経験したことを書きたいと思いますが、話題が多い割に、内容に深みが無い点はお許し下さい。

(1)ハの字髭(ひげ)を思わせる箒(ほうき)

写真を撮っていなかったものですから、ハの字の髭になる前の箒を載せます。

市の中心街ではなく、私が住んでいた近くの街の歩道を歩いていると、理髪店、果物屋、飲食店などの店の端に、箒の先の部分、即ち穂先が、真ん中から2つに分かれ、八の字の髭の様になった箒をしばしば見かけました。

何故この様な箒ばかりなのか最初は分りませんでしたが、たまたまこの箒を使っている場面に出くわし、その理由が分かりました。                         コンクリートやタイル張りの店の床から、ゴミを歩道側に押し出す為に箒を使っておりました。(日本での箒でゴミを集め、塵取りで片付ける様なことは、行っていません。)

ただそのゴミも店先の歩道に出すだけだと、お客にも嫌がられるため、車道に近い所に置かれた歩道のゴミ箱近くまで、押しやっている人もいます。                                                 中には、自分の所で出したごみを歩道に箒で押し出し、隣の店の前の歩道へ押しやる人も結構います。ですからお互いに、箒でゴミの押合いをしている様です。出くわしたことはありませんか、ゴミの押合いで喧嘩になることも多いのではないかと思われます。

ただ毎日朝方、市から雇われたと思われる清掃員が、ゴミ箱の中のゴミの回収や歩道のゴミ、車道脇のゴミ等をリアカーで集めて回収するため、一定程度の街の美化は保たれています。

(2)幼児の尻割れズボン

歩いている人も多く、また観光地であることから、警察の目も光っていることから、市の中心街では余り見かけません。

しかし一歩入った裏通りや市の中心街から外れた大通りでも、親が幼児に尻割れズボンをはかせ、歩道の脇で便をさせる光景は普通に見られます。                  尻割れズボンは、男の子でも女の子でも親が穿(は)かせていますが、共同生活が始まる幼稚園乃至小学生になると止める様です。

親の幼児に対する面倒を省く事に主眼が置かれ、衛生面に対する不衛生さは免れませんが、 今後生活水準の向上に伴い、衣食足りて礼節を知るの言葉ではありませんが、次第に無くなって行くものと思われます。                              また中国政府は予算を組み、2017年から計画的に公衆トイレも最新式で綺麗なトイレに改修工事を行ったり、増設を計ったりして行くらしいので、時間と共に尻割れズボンも無くなるでしょう。

(3)面子(メンツ)を重んじる競い合い

私が店長として働いていた桂林の会社では、口数が少なく部屋の端にいて、周りの人々の言動をじっと見ていた女性がいました。名前は、リャンホンと言いました。

彼女は桂林師範大を卒業後、サルとかモルモット等をアメリカ向けの医療の実験材料用として育て、輸出する会社へ勤務していました。 年齢は、20代の中頃だったと思います。    彼女の勤務する会社が私の会社に近い上、彼女自身日本語をもっと勉強したいと言う気持ちもあり、私の会社に出入りしていました。                                                                      勿論、彼女の友達も私の会社に勤務していたため、友達が彼女を誘ったものと思います。

『桂林ビーフン』でも私が書いた日本人Bさんと彼女は、私がBさんと知り合う以前からの、知り合いでした。また彼女の母親は、Bさんとの約束で、Bさんが賃貸しているマンションの部屋を週に何回か掃除したり、また時々夜だけ料理を作ったりしていましたので、私はBさんを通じ、リャンホンの家庭の内情を多少ですが、知ることもありました。

当時彼女の勤務する会社は、業績が良くなく、かなりの期間給料の未払いが累積していた様です。中には当然のことながら給与が貰えないことに耐え切れず、滞納2~3ヶ月頃から少しづつ社員が会社を辞めて行ったそうです。                        《日本と異なり組合もなく、また役所に訴えても(日系企業の様に、お金を踏んだくれる外資系の会社では無いため)全く相手にされません。                      このため会社を辞める時は、未払いの累積した給与の受領を諦めざるを得ないことになります。企業自体が積極的に年金に加入し、従業員を保護する様なことも無い様で、退職金なんて夢のまた夢です。》

英語が出来たこともあったのでしょう。社長からは、何回も彼女には辞めないで欲しいと留意されたそうですが、半年も給与が支給されなかったこともあり、結局同じ会社の同僚と共に上海へ行き、上海で新たな仕事を見つけました。

前置きが長くなりましたが、これからがBさんから聞いた話を書きましょう。       これはリャンホンの家の考え方というより、中国では普通の考え方なのかも知れません。  中国でも日本と同じ様に、親戚や兄弟、知人,友人等の冠婚葬祭では、纏まったお金を贈ることが普通に行われています。

このことだけを聞くと、何ら問題が無いと思いがちですが、実のところ、例えばリャンホンの家においては、過去に冠婚葬祭でお金を周囲の人々から貰った場合、後日逆の立場となり相手にお金を贈る場合は、貰った金額に上乗せして贈ることが、自分の家の面子を保つためにも、必要と考えている様です。

言い換えると、相手より経済的に上位にあることを、事ある毎に示すことが自分の家の面子(メンツ)を保つことに繋がると考えている節があります。(面子を保つための範囲、即ち対象が親戚や兄弟、知人,友人等の中でどの範囲を言うのか、或いは全てを言うのかは分かりませんが・・・・。) そのためリャンホンの家では、冠婚葬祭での入出金額や相手先等について、 長い間記録を残しているとのことでした。

しかしお金のピンポンを繰り返すうちに、ピンポンの金額が重荷になり、次第にピンポンのやり取りの金額に苦しんでいるリャンホン家の状況を、Bさんが話して呉れました。     金額が大きくなり過ぎて、中には面子を保つための借金もある様で、私からするとなぜそこまで面子に拘(こだわ)るのかと、問いたくなります。

面子(メンツ)を保つ話として、私が成都で出くわした話をもう一つ書きたいと思います。

それは、蒸し暑い夏の夜のことでした。                                                                私がその日の仕事を終え、外で食事をしマンションに戻って休んでいたら、スピーカーを使って大音量の音楽が聞こえてきました。

何事かと思い、私の住むマンション群の出入口から外に出て、暫く音楽が聞こえて来た方向に

中国では、幾つかのマンション棟を取り囲むように、煉瓦などの積み上げやコンクリートで延々と塀を作り、2,3か所に絞り年老いた警備員が監視する出入り口を作っています。                     これは、日本の工場の出入り口と同じ様なもので、24時間警備員が常駐して、外からの不審者の出入りをチェックします。

歩いて行くと、多くの人々が野外で集まり、酒を飲みながら雑談していました。                               中には大笑いしている者、酒に酔ってくだを巻く者、子供連れの夫婦等、色々です。

その先にはステージがあり、何人もの男女が交代で、歌を歌ったり、踊ったりしていました。私が聞いたのは、このステージからの音楽でした。                   私は夏の暑さ凌ぎの街の催しと思い、早々にマンションに戻りました。次の日、職場の仲間にこの話をすると、死者を弔(ともら)う行事の一つという事が分かりました。

昔、高校の漢文で『号泣(ごうきゅう)』言葉の意味を知りました。うる覚えですが、この言葉について少し説明致します。                             昔の中国では、泣き方には、軽い泣き方から順にいろいろなランクがあり、それぞれ呼び名がありました。その中で一番の悲しみを表す最大の泣き方を、『号泣』と呼びました。

ある地方の権力者が亡くなりました。                         死者を死後の旅立ちへ見送る時、中々仕事を得ることが出来なく貧乏な生活をしていた人々に声が掛かり、多くの人が泣き手として雇われます。                   雇われた人々は、死者を見送る為に集まった多くの人達の前で、気も狂わんばかりに大きな泣き声で泣き叫びます。またある者は、泣き崩れます。                  生前の権力者の人徳を忍び、感謝の気持ちを込めて、即ち『号泣』します。

権力者の遺族にとっては、周囲や弔問に訪れた人々に対し、生前の権力者が如何に地元の人々から慕(した)われていたかを示す、大きなアピールの機会なのです。           また貧乏な人々にとっては、家族総出でお金を稼げる絶好の機会だった訳です。

現在は号泣のために人を雇う様な時代ではありませんが、ただ遺族にとっては、死者は生前多くの人々から慕われていたという事をアピールしたいという事は、時代を経ても、変わらない考え方なのでしょう。

後々甲さんの弔いには〇〇人来ていたが、乙さんの弔いには✕✕人集まったという様に、数を競い合うことがある様です。                             特に企業人として、地方の役人や軍人として、成功した人々の遺族にとっては、数で負けたくないという気持が、前面に出て来るのかも分かりません。

生前、亡くなった人との付き合いが全く無い人でも、周囲には分かりませんので、酒を振る舞ったり、陰で少しばかりお金を出したり等、弔らいの場に沢山集まって貰おうと色々人集めの企画をやる様です。                                 中にはともかく大勢の人を集めたいと思う一心で、目的の為には手段を選ばない方法、具体的には、女性のストリップショーを企画し、警察沙汰となったケースもあった様です。https://www.cnn.co.jp/world/35063848.html

私達から見ると笑い話ですが、主催する遺族にとっては数で負けないための、真剣な企画だったのでしょう。

(4)マンションの共用部でのゴミ放置

マンションの1棟を外から見ると、新築以外のマンションは、建物修繕費的な費用負担を各入居者に求めないためか、定期的な外壁塗装を行わないため建物竣工当時のままで、殆んどのマンションが煤(すす)けて汚く見えます。

共用階段も共用廊下も、長い期間掃除をしていないのか、通路の両側はホコリが積もっています。これと対照的なのが、各マンションを所有・賃借している人たちの家の中です。    みんなが使う共用部は汚すぎるのに、個人使用部分は、非常に綺麗です。         この落差には、何処のマンションを訪ねても、ビックリさせられます。

ある時成都で、私に会社が借りてくれた部屋は、エレベーターのすぐ近くでした。     私の階は、4所帯が入居出来る設計でしたが、その内の1軒は、ほぼ毎日エレベーターを待つ踊り場のエレベーター乗降口の横に、ビニール袋に入れたゴミを捨てていました。      本来なら、マンション棟の1階出入り口を出てすぐの所に、大きなゴミ入れが設置してあり、ここに入れることになっています。

また上下するエレベーターの中に、ビニール袋のゴミを投げ入れる人や放置する人も複数いるのです。たまたま踊り場にゴミを放置した人と出会ったため、注意したところ、お互い大声での言い争いになってしまいました。相手も更に家族が出て来て、結局3人を相手にすることとなり、私も負けられないと大声をあげ、得意の日本語で文句を言いました。

相手の中国語を理解できませんでしたので、翌日会社の仲間に状況を説明した結果、先方の言い分は、『ゴミの回収は共用部の清掃人の仕事だから、自分が何処にゴミを置こうと俺の勝手だ。あんたから色々文句言われる筋合いは無い。掃除人が失業しないようゴミを捨てて、仕事を与えているんだ。』という趣旨に理解しました。

要するに中国人は、自分のことしか考えない利己主義者の集団で、他人への迷惑等全く配慮しない人が多すぎると言うことを体験しました。

日本でも、高額なタワーマンションを購入し入居した中国人との間のトラブルや、静かで落ち着いた雰囲気の中でも大声をあげ周りの雰囲気をぶち壊したり、ホテルのバイキング料理での美味しい料理の独り占めと大量の食べ残し等のいろんなトラブルが発生していますが、その根本原因は中国人には、「自分や家族の為にはあっても、周りのみんなの為にという考えが欠如している」、この一語に尽きます。

(5)コピーサービスの不合理性

桂林では、自分用のPPCコピーを必要とする時は、近くのコピー屋で処理していましたが、特に不満はありませんでした。                                                                                    成都に移り住んで、ある時パスポートをコピーする必要に迫られ、近くのコピー屋に入った時の事です。『パスポートと言う重要な書類を白黒コピーする場合は、普通の物をコピーする時のコピー料(1枚3角:日本円で4.8円/枚)の、倍の金額を貰う。』と、店主は主張します。

私は同じコピーなのに、コピー原稿の種類によって、なぜ料金が違うのか納得できませんでした。私がコピーを持ち帰るのを急いでいた上、運悪く近くには他にコピー屋が見当たらないということも、相手を強気にさせた原因かも知れません。                 支払額そのものは大きな金額では無いものの、弱みに付け込んで値を上げる店主には、腹立たしさを感じました。

(6)マンション屋上の私物化

この件について、他の箇所でも少し触れた記憶がありますが、ここでも書きたいと思います。

屋上に出ることが出来る階段やエレベーターの設置具合では、私物化出来ないケースもあろうかと思われますが、しばしばマンションの屋上部には、後から建てたと思われる安普請(やすぶしん)の建物を目にしました。

マンション一棟を見た場合、下の階は、比較的小区画のスケルトン渡し(内装工事を施さずコンクリートが剥き出しのまま販売する方法、部屋の内装工事は、購入者の費用負担で自由に行う。)となっていますが、最上階は、マンションからの眺望,陽当たり,風通しも良いことから、非常に人気があり、大抵は2~3の大区画ないしワンフロア―独占の、スケルトン渡しとなります。

屋上に出る方法としては、最上階まではエレベーターで、そこから先が階段を使うという事になります。マンションの下の階の住民も、最初から屋上が洗濯物を乾かす場として設計されていれば、屋上に上がって来ることもあるのでしょうが、不便さもありその様な設備も無いため、最上階の住人が独占して、安普請の建物を建てて、身内の者を住まわせたり、他人に賃貸したりしています。

何故こんなことが許されるのかと言えば、中国では、法律で屋上の所有権に関するルールが定められていないためとのことです。                                                                            良く考えて見ると、最上階の区画をスケルトン渡しで購入した人は、天井のコンクリート部分も自己の所有物と考えます。                                                                                    これを屋上において考えると、立壁,天井壁の無い唯一の床壁と見做せます。

即ち、最上階の天井所有者=屋上階の床面所有者との考え方から、屋上の自分の所有物に建物を建築しても、他人に文句を言わせないと言う発想になる様です。

日本では屋上を最初から共用部と定義づけられ、このことは管理規約にも明示されていることから問題が起こることはありませんが、ただ突き詰めて考えると、最上階の天井の所有権が屋上の床の所有権とどの様に区分されるのか、法的には、微妙な問題が内在していると思われます。

(7)アヘン入りタバコのプレゼント

見知らぬ人々が仲間どおしで話をしていたり、食事をしていたりしている場面で、知人が私をみんなに紹介する時、しばしばタバコを1本プレゼントされるケースが数多くありました。 プレゼントする方は、挨拶代わりのつもりだと思われます。               しかし私は元来、喫煙しない人間なので、申し訳無いとは思いつつ、断ります。

先方も、ひょっとしたら私が日本人であるため、問題なく許してくれていた可能性も考えられます。もしその場にいた私が仮に中国人だとしたら、プレゼントした人は自分の面子を潰されたと感じ、仲間から外される可能性も考えられます。

これは、桂林の丁さんから聞いた話です。

甲さんと乙さんは、仕事と遊び仲間として長年付き合っていたそうです。しかし2人の間に何かのキッカケで問題が生じたのでしょう。甲さんは乙さんに対し、恨みを抱く様になったそうです。 しかし、甲さんは自分の感情を露(あらわ)にすることはしなかったため、乙さんが甲さんに対して警戒する気持ちはなかった様です。

甲さんは、乙さんと会うたびに、アヘンを入れたタバコを1本プレゼントしたそうです。  何も知らない乙さんは、甲さんからのプレゼントを素直に受け取り、少しづつ麻薬中毒になって行ったそうです。                                 こうして時間をかけた後、最後に甲さんは乙さんを麻薬患者に仕上げ、自分の心の中にあった恨みを晴らしたという事です。

(8)面子に関わる言動

私が体験した事だけを以て、中国人はどうだと断言することは出来ませんが、1日本人から見ての中国人の傾向と考えて頂ければ、幸いです。

中国人にものを尋ねた場合、相手が本当に分からない場合は、黙(だま)る、無視される、平気で嘘をつかれる、この3つの中からが多かった様に思います。              はっきりと「知らない。」と断言する人は、非常に少なかった様に思います。

無視されるのはしょうがないと思いますが、平気で嘘をつかれ、こちらが全く的外れな理解をしてしまい、後からあの中国人はたちが悪いと感じたことが、何回もありました。     最初は私が日本人だから、日本人に対し悪い印象を持っているから嘘を言うのではと思いましたが、中国で生活している内に、面子も関係している事が分かりました。

人からものを聞かれ、知らないと言うと自分の価値を下げる。              特に周りに人がいると面子を潰されると考え、とにかくその場を取り繕(つくろ)うと嘘をついているという事が分かりました。

良く考えて見ると、若年でも正社員としての仕事が見つけにくい中国では、ものを知らないという事は、職探しにおいても、不利に働きます。                    ですから別に面接試験ではなくとも、常日頃から他人の前で、知っている事と知らないことを峻別(しゅんべつ)し、正直に「知らない。」と公言することは、他人から見たら何も知らない人に見えて、自分にとって決して良いことではないのです。

中には嘘ではありませんが、ホンの少し齧(かじ)った程度の経験なのに、長年やって来たベテランみたいに自分をアピールする人も目立ちますので、その様な人々が多い中で「知らない。」と公言することは、自分を利するものが何もありません。

それから、面子を重んじる余りのことだと思われますが、私が接した殆どの中国人が、自分に非があると分っていても、決して「ごめんなさい。」と謝りません。           「ごめんなさい。」のたった一言なのですが・・・・。

相手の反応は、黙り込む。弁が立つ人は理屈を付け言い訳する。明らかに理屈の通らない言い訳でその場をしのぐ。この中のどれかになります。                   相手に謝ることは、相手に屈服する事になる、自分の面子が失われると、考えての行動ではないかと思われます。

この辺(あた)りを理解しないで、中国に進出した日本企業の中国人労働者や、日本の飲食店等のアルバイトとして採用した中国人、日本へ来た研修生などが、日本人の管理者から、周囲に沢山の人がいる前で、非を認め謝ることを強制されることもあります。          しかしこの方法は、傷害事件や、やり方がひどいと集団での仕事のボイコット等に結び付くこともある様です。

詫びるをことを強制され、人前で面子を失うことは、耐えがたい屈辱と感じる様ですので、 人を特定しない上での注意に留めた方が良い様です。

日本人の几帳面で白黒をハッキリさせた上で、黒を白に是正するやり方は、繰り返しビジネスを失敗させない方法としてはそれなりの意味はありますが、中国を始め諸外国の中には、灰色に留めた方が良い場合も多いのではないかと思われます。

(9)値段に関する質問

桂林の職場では、女性の社長がブランド品のバッグを買って来た時も、中東のドバイに旅行しカラット数の大きいダイヤモンドの指輪を買って手にはめていた時も、私が日本から新しいノートパソコンを買って来た時も、最初に気が付いた人から必ず買った値段を聞いて来ます。 中国人の関心はまず値段です。それからじっくり品物の状態や機能に関心を移して行きます。

日本では相手に対し、買った金額を聞くことは失礼だと感じ、同じ様なものを購入したい等 特別に関心を持たない限り、聞くことはまずありません。                しかし中国人は、自分の手の届く範囲の品物かどうかを判断する為なのか、最初に値段を聞いて来ます。そして、彼らなりに高い、安いの判断を下します。

私の場合、日本で買った金額を最新の換算レートを基に中国元に換算するため、聞かれると手間なのですが、計算し購入価格を元で示すと、彼らは一様に高すぎると言います。     中国製の物だったら、もっと安く手に入るのに、なぜ中国製を買わないのかと聞いてくる人もいます。

いずれにしても、一番最初の質問が値段と言うのは違和感を持たざるを得ませんが、値段が分かると多くの仲間が品物の話題に参加することが出来、話も盛り上がると言う良い面もあります。

(10)再会の約束を守らない人々

上海や北京のビジネスマンであれば違うのかも知れませんが、私が桂林や成都で出遭った中国人は、誰一人手帳を持ちませんでした。                        電話での連絡や会った時に、(次回は)何月何日の何時、何処で会おうと決めるのですが、 手帳が無いため、皆記憶に頼るしか方法がありません。

この為1週間程先の事を約束すると、忘れられてしまうことが間々ありますので、約束は精々3日先程度に留めて置いた方が良いと言うのが、私の経験です。              実際に会う時に大半は、約束の時間より平気で20~30分遅れて来ること人もザラです。

ただガイドの仕事をしている人は、飛行機の出発時間など時間を厳守しないと大変な事態 になることを経験している為か、時間の約束は守る人が多い様です。これは時間にルーズな中でも問題なく仕事が出来る人々と、そうでない人の差かも知れません。

一番困るのは、約束の日時や場所を知っているにも関わらず、来ないことがあると言う事です。待ち合わせ場所で待っていると、携帯電話に約束の時間ぎりぎりに掛けて来て、「悪いけど、急用で行けなくなった。」と言って来ます。

急用で行けなくなったと言われれば、仕方が無いと諦めざるを得ませんが、問題は急用の中身です。                                       先約があろうとなかろうと、前の約束と後の約束とがバッティングした時、どちらがより自分の利益に叶うかを判断し、利益に叶う方を優先する傾向があります。ですから後の約束が、自分にとって利益を生みそうだと思えば、平気で前の約束をご破算にします。

日本人だと先約主義と言っていいのか、一般的には先に会うことを約束した人を優先します。万一どうしても後の話を優先する場合は、ただ単に「急用で行けなくなった。」に留まらないで、詫びつつも相手に納得してもらうため、行くことが出来ない理由を説明する人が多いのではないかと思います。                                また後の話を優先したいと考えたら、約束の当日ではなく、間髪を入れないで、先約の相手に対し変更の連絡を入れるのが、常ではないかと思います。

この様なことから中国では、契約を含め、約束事は守られない方が日常的と考えたほうが良いと思いますし、約束事が守られないことに対するストレスも少なくなると考えます。

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