日本へのお金の持出し (1)

タイトルは「日本へのお金の持出し(1)」としましたが、少し思い出したことがあり、暫くは横道に逸れた話を書きたいと思います。 私が日本人Bさんのサポートもあり、中国桂林での生活になんとか慣れ始めた頃、Bさんから毎日ゴルフばかりしていて、また冬には1~2ヶ月程タイにゴルフをしに行く日本人Kさんの話...

成都ジャイアントパンダ繁殖研究センター

私は、日本では上野動物園へ行き、パンダを見学することはありませんでしたが、成都に居たことから、パンダを飼育している施設に1度行ったことがありました。             実は、ジャイアントパンダを実際に見学出来る施設は桂林にもありましたが、頭数が1~2頭いたものの死んだ後、成都から新たに譲り受け...

自貢(ズーゴン)への誘(いざな)い   (7)

ビジネスシーズを探すために、景徳鎮、烏義、広州を廻る10日間程の旅に出た話を書きましたが成都に戻り、併せて成都でも入手可能な比較的上質なお茶『武夷山の大紅袍(3~5世代の茶樹と予想)、『四川雅安の蒙頂山産の竹葉青』、『桂林市の羅漢果茶』、『安徽省寧国市産の杜仲茶』に加え、『四川省四姑娘山の乾燥マツタ...

自貢(ズーゴン)への誘(いざな)い (6)-H

鹽管理役人と鹽商人 鹽は、生活必需品の一つであることもあり、周時代(紀元前11世紀)の初めから、政府の仕事として鹽の管理が始まりました。 特に中華民国時代(1912~1949)、国民党による統治されていた四川地方においても、軍閥に実効支配される地域が存在していたため、鹽売却によって得られる鹽...

自貢(ズーゴン)への誘(いざな)い (6)-G (12/10,12大幅加筆)

鹽の輸送 発足間もない中華民国にとって、塩の専売化による大きな収入は、外国から戦費資金を借入れの際の担保としても非常に重要でしたが、当時の中国で最もよい塩は四川の鹽であり、更に四川の中でも自貢の井鹽が最高品質の塩でした。 また自貢の井鹽は、現代で言うと四川省、湖南省、湖北省、雲南省、貴州省等内陸...

自貢(ズーゴン)への誘(いざな)い (6)-F

鹽の取引 清の光緒帝(こうしょてい 在位:1875年 - 1908年)の頃迄は、井鹽の生産者に販売と管理を任せて、役人が井鹽を集中管理することをしませんでした。 その後の中華民国統治の時代に入っても、生産者の申告による井鹽の生産量を基に納税額が算定されたことから、過少申告による脱税が横行しまし...